新生児部門

大学病院附属のセンターとして

新生児医療は、ともすれば医療者側からの一方的な治療戦略に傾く傾向がありますが、治療法の選択は、本来は、赤ちゃん自身が決めることです。物言えぬ新生児では家族が代行するわけですが、それでも本人の代弁者以上の存在であってはなりません。当科では、その原則に従い、家族を中心に、本人の最大の利益という点を最優先しながら、チームで何度も話し合って意思決定をしています。大事なことは、医師はあくまでサポートに徹し、決して主導的な立場に立たないことだと考えています。

大学病院ならではの使命として、臨床のみならず基礎も含めて、研究活動に重きを置いています。なぜなら、大学でしかできないことを求めてそれに特化することこそ、真の大学のセンターの役目と考えているからです。新生児の救命という点だけからみれば、大規模施設に集約したほうが得策だし、マンパワー不足のミニセンターは、少なくとも北摂地域には不要です。しかしながら、我々は単なるミニセンターではありません。 地道な研究を積み重ね、今では、新生児慢性肺疾患の研究に関しては、国内屈指の施設として、世界的に認知されています。特に、被引用回数の多さは我々の誇りです。独創性が評価されているのだと信じています。今後も、「挑戦しなければ、何かを失うことはないが、何かを得ることもない」ことを肝に銘じ、日本の新生児医療の成果を世界に向けて発信すべく、微力ながら、貢献していきたいと思います。

患者さまへ

当院の周産期センターは開設以来30年以上の歴史があり、最近では、在胎24週、体重400gというような小さな赤ちゃんでも、95%以上は無事に退院できるようになりました。また、出生体重1000g未満でも、85%以上は普通の人と全く同じ生活をされています。治療成績に関しては、大学病院附属の周産期センターとしては、全国屈指の施設と自負しています。

昨年度からは、小児脳神経外科専門の医師も赴任され、心臓外科、一般消化器外科、脳神経外科といった主だった外科領域全てに小児専門の医師が在籍することとなりました。これにより、当院は、ほぼあらゆる新生児疾患に対応可能となっております。ですので、早産だけでなく、胎児期から何らかの異常を指摘されていたり、あるいは、生後に何らかのトラブルがあって救急搬送され、不安をいっぱい抱えたご両親もおられると思いますが、どうか安心して我々にお任せください。

"大学病院らしからぬ敷居の低さ"と、手厚いアフターケアも当科の大きな特徴です。外来では、療育園等で十分な経験を積み乳児の発達に精通した医師が、責任を持ってしっかりフォローいたします。呼吸器感染などで一時的に調子が悪くなった場合も、24時間対応で診療可能であり、入院も随時受け入れております。地域の保健センター、保健所、療育施設など、外部機関との連携にも、積極的に取り組んでいます。他科との協調も極めてスムーズで、弊害でしかない"縦割り"を極力排除するように努めています。赤ちゃんやご家族にとって最もふさわしい治療を提供する、というのが我々の基本姿勢です。そのためには、院内では解決困難と判断した場合には、速やかに外部の専門家へ直接相談し、必要に応じて院外搬送も行う体制も整えております。

大切な命を授かった、未来のお父さん、お母さんたちへ

大切な命を授かったこと、まずは、その素晴らしい事実を祝福させてください。

想像されている、お子さんの行く末は、有名スポーツ選手ですか?高名な科学者?医師?弁護士?それとも人気アイドル?
今は、お子さんの輝かしい未来や、幸せなご家族の姿を思い浮かべ、温かな気持ちを抱かれているのではないかと想像します。
ただ、親として、まず、我が子に願うことは、特別な才能がなくてもいい、とにかく、健康に生まれてきてほしい。
そう思われる方々はとても多いのではないかと思います。

では、もし自分のお子さんが、健康でなかったら..
どの親御さんもその先のことはあまり想像がつかないのではないでしょうか?
その先は、暗闇なのでしょうか?絶望なのでしょうか?
とにかく、"幸せ"な家族の未来が想像できなくなるかもしれません。

しかし、そもそも、我が子に健康であってほしいと願う理由は、その子に"幸せに"生きてほしいから、ではなかったですか?

では、"健康でないこと、何か病気を持っていること="幸せ"には生きていけない、ということなのでしょうか?

我々はそうは思いません。

病気を持って生まれてくることは、確かにつらい、悲しいことかもしれません。
でも、それは、決して、その子やそのご家族が"幸せ"に生きていくことができないことを意味しているのではありません。

つらい、悲しい病気を持っていても"幸せ"を感じながら生きているお子さんたち、ご家族はたくさんいます。
そのことを教えてくれたのは、他でもない、このNICUで生まれた"健康でない(なかった)"お子さんたちとそのご家族です。

我々医師は、"病気を治す"ことが、まず、第一の使命です。
しかし、それらも、全て、その子や、そのご家族が"幸せに"生きていくための一つの要素に過ぎません。
我々は、大切なお子さん達の"幸せな"未来を、お父さんやお母さんたちご家族とともに考えていきたい、そして、そのためのお手伝いをしたい、と考えています。

早産でお生まれになったお子さんをお持ちのお母さんへ

お子さんが早産で生まれてしまったこと、早産でお生まれになるかもしれないことに、とても責任を感じられ、ご自分を責めておられませんか?
「妊娠中に働いたりせず、もっとおとなしくしておけばよかったのかな..」
「あの時飲んだあの薬のせいかな..」
「もっと早く気付けていたら、早産にならずに済んだのかな..」
早産のはっきりした原因は現在の医学をもってしても、未だにはっきりしていません。
ただ、一つ言えることは、
お子さんが早産でお生まれになったのは、決してお母さんの責任ではありません。

だから、お子さんに「早く産んでしまってごめんね」などと謝られる必要はありません。
お子さんも、きっと、自分のことで苦しんでいるお母さんを見るのはつらいかもしれません。

この子たちは、かわいそうと思われながら生きること、日々悲しんでいるお母さん、お父さんをみることを望んでいるわけではありません。
この子たちは、お母さんやお父さんに、自分が生まれてきたことを心から喜んで、祝福してくれることを望んでいるはずです。
生まれてきて、大好きなお母さんやお父さんに出会えたことを心から喜んでいるはずです。

だから、今日からは、お子さんに声をかけられるときは
「生まれてきてくれて、ありがとう」
と、感謝の気持ちを伝えてあげて下さい。
「大好きだよ」
と、愛情を言葉で伝えてあげて下さい。

 

研究部門

大学病院のNICUという性格上、研究に、診療と同等の力を注いでいます。現代は、Internetで、全世界が常につながっており、どこにいても、世界の隅々にまで、情報を発信することが可能です。こうしたglobalizationの時代に相応しい、世界に通用する研究を目指しています。
発表する価値がある、と判断した場合は、決して邦文にはせず、必ず英文で公表する。これが我々の原則です。たとえ世界初の発見であっても、日本語にしてしまえば、結局は埋もれてしまいます。小さなことでも、常に世界に向けて発信し続けること、この姿勢こそ、一番大事なことだと考えています。

当研究室では、一貫して、フリーラジカルが新生児に及ぼす影響についての研究を続けています。古くはビタミンEの研究から始まり、その後、慢性肺疾患(CLD)と、フリーラジカルとの関連についての、一連の臨床研究に発展させてきました。また、ラジカル反応のkey inducerである、遊離の鉄をtargetに、輸血や新生児仮死にも対象を拡大しています。さらに、肺と脳をtarget organとした、一連のin vitro studyも現在進行中です。

主な研究テーマ

①CLD  antenatal priming、酸化ストレス、あるいは診断マーカーについて
-ステロイドに代わる新たな治療法の開発を目指してー

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②遊離の鉄による、フリーラジカル傷害、特に新生児仮死との関連について

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③新生児期の抗酸化能について

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④採血時の痛みに対する経口ショ糖麻酔(sucrose analgesia)の効果について

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看護研究部門

新生児と、その両親の、双方にとって、より快適なNICUを目指すため、毎年異なったテーマで看護研究を行っています。2001年には、蜂屋、松浦看護師により、NICU内の騒音についてのprospective studyが行われ、学会誌に掲載されました。その後も、豊田、佐藤看護師による、痛みの少ない採血法の比較研究や、番看護師による、クベース内の早産児に母親の声を聞かせる試みなど、いずれも厳密なstudy designのもとで研究を続けています。

(1)蜂屋朋美、畑恵津子
NICUの音環境 ―児と看護婦にとっての快適環境を考える―
日本新生児看護学会誌 2001; 8: 13-9.
(2)佐藤睦美、豊田恵美、番聡子
手背静脈採血と足底採血の疼痛反応の比較および経口ショ糖の疼痛緩和の効果に関する研究 ―正期産児の場合―
日本新生児看護学会誌 2006; 13: 9-14.

スタッフ紹介


山岡 繁夫
小児科専門医 周産期(新生児)専門医 
新生児蘇生講習会インストラクター

卒業年度
1999年(平成11年卒)

ひとこと、自己紹介etc.
当院NICUで働きだしてから20年以上になります。
中学生(今年度からは高校生)の娘を持つ1児の父
でもあります。
五十路を迎え、体力の限界を感じつつ、当直業務も
こなしています。
意外にがんばれるなと自分で感心しています(笑)
趣味、特技
筋トレ 読書
(数年前まで”ジョギング・マラソン”が趣味でしたが、決して身体によくないことを実感し”老化予防”に筋トレをしています)
モットー
”幸せ”に生きよう
夢、目標etc.
全ての赤ちゃんや家族が幸せに暮らせるお手伝い


篠原 潤
小児科専門医

卒業年度
2007年(平成19年卒)

ひとこと、自己紹介etc.
後期研修医時代に、赤ちゃんの生命力に驚かされ、また、仕事にやりがいを感じ、新生児科医を目指すことになりました。新生児科医としてはまだまだ未熟者で、中身もありませんが、貫禄だけは主任教授クラス。1人前の新生児科医になるため、日々修業中です。元気にNICUから卒業していく赤ちゃんとご家族の笑顔に癒されながら頑張っています。
趣味、特技
当直と育児
モットー
常に明るく元気よく
夢、目標etc.
① すべての赤ちゃんにIntact Survivalを。
② ダイエットして普通の体型に・・・・・。


河村 佑太朗
小児科専門医 周産期(新生児)専門医 
新生児蘇生講習会インストラクター

卒業年度
2014年(平成26年卒)

ひとこと、自己紹介etc.
診療に携わった赤ちゃんが将来どんな子になるんだろう、どんな人生を歩むんだろうと考えるとワクワクします!
未来あるこどもの一助となるよう精一杯頑張ります!
趣味、特技
美味しいもの探し、旅行
抱負
何事も挑戦


喜島 丈巌

卒業年度
2014年(平成26年卒)
金沢医科大学出身

ひとこと、自己紹介etc.
喜島丈巌(きじままさみね)といいます。
お産という素晴らしい出来事の中で、もし赤ちゃんがしんどくなった時に、その赤ちゃんの明るい将来を守る一助になれたらと思います。自分にも2歳の愛娘がいて、その成長ぶりには日々驚かされます(パパと呼ばれる日はアンパンマンに先を越されそうですが)。その喜びは何にも替えがたいです。他のいろいろな子の成長発達もみなさんと分かち合えたらと思います。
趣味、特技
サッカー部でした。高価なスニーカーも好きです。
抱負
愛娘が世界で美しい顔100人に選ばれること。


福田 弥彦

卒業年度
2017年(平成29年卒)

ひとこと、自己紹介etc.
生まれたての赤ちゃんにかかわるようになって、
まだ数年の新米です。
自宅では一児の父親としても、日々修行と思い
微力を尽くしています。
皆様のお子さんの、ほんのひと時をより良いものにできるよう、精一杯頑張ります!
趣味、特技
2輪、4輪でツーリング
モットー
為さねば成らぬ何事も
夢、目標
一角の新生児科医になること

大阪医科薬科大学NICUの OBたち

荻原 享   現  藍野療育園 園長
平野 量哉  現  那加こども医院 岐阜県各務原市
森信 孝雄  現  もりのぶ小児科
金 漢錫   現  ソウル大学新生児科
小川 哲   現  済生会吹田病院
大植 慎也  現  おおうえこどもクリニック 和泉市
坂 良逸   現  関西労災病院
平 清吾   現  済生会吹田病院
長谷川 昌史 現  長谷川医院 東大阪市
稲富 直   現  いなとみ赤ちゃんこどもクリニック 吹田市

治療成績

新生児搬送は平日の日中限定で対応しています。OGCSの基幹病院として母体搬送を広く受け入れており、NICU開設以来の新生児年間平均入院数は約150例、そのうち1000g未満の超低出生体重児が10例前後、1500g未満の極低出生体重児が約20例、在胎28週未満の超早産児が約10例、また人工換気症例が約40-50例です。

治療成績

受診方法

新生児外来紹介

ハイリスク新生児の経過観察を、毎週木曜日の午後に行っています。担当医師は、山岡、篠原、河村です。
また、転居のため、出生病院でのfollowが困難になった場合の定期followも引き受けています。

独歩可能になれば、その後は必要に応じて小児神経専門医の協力を得て、認知・学習障害等も視野に入れたfollowを少なくとも就学時まで行っております。

各医療機関からの新生児受け入れの御相談は電話072-683-1221(病院代表)よりNICUにお願い致します。

 

新生児医療を志す人たちへ

研究の重要性を理解しよう
-RDS克服の歴史から学ぶことー

新生児、特に未熟児医療はまだ歴史が浅いだけに、我々はほぼリアルタイムで、その目覚しい発展振りを文字通り体感してきました。今では、救命という点では、よほどの事がない限り十分に満足すべき結果が保証されています。それでもなお、いくら手を尽くしてもどうしようもない疾患が、厳として存在し続けていることもまた確かです。
かつて、新生児呼吸窮迫症候群(Respiratory distress syndrome, RDS)も、そうした疾患の代表格の一つでした。筆者が入局した頃は、重症例はまずあきらめざるを得ませんでした。
(興味のある方は、リンクされている「RDS克服の歴史」-Mary Ellen Avery先生によるRDSサーファクタント欠乏説の提唱(1959)と、岩手医大の藤原哲郎先生によるヒトでの人工サーファクタント補充療法の成功(1980) ―をご覧になってください)。

RDSを人類がいかにして克服するに至ったか、その歴史は、これから我々の進むべき方向を見事に提示しています。RDSの最初の報告から原因究明に至るまでに50年以上、そして、実際の治療法を人類が手にするまでには実に80年以上の歳月が必要でした。一つの疾患を克服するということは、なんと大変な事業なのでしょう。

現代は情報化社会で、インターネットで世界中が繋がっており、新たな情報が絶え間なく流入してくるようになりましたが、そうは言っても人類そのもの能力が向上したわけではないので、夢までが手軽に手に入るということはないのです。大事なのは、病態の解明こそが克服の原点であること、そして、そこに至るには決して近道はない、ということです。実際、RDSの克服には、半世紀以上にわたる無数の臨床研究者たちの試行錯誤と、呼吸生理学者たちの基礎研究の積み重ねが必要でした。

やるべきことは、対象とする疾患の原因について、いろいろな可能性を考えて、その一つ一つをとことんまで厳密に検証することです。たとえ間違っていたとしても決して無駄にはならない。最先端の臨床の場から一時的に遠ざかったように思えても、目標さえブレなければ、その研究は現場と同格の「人助け」に他なりません。その上で、Avery先生のように、時には全く別の分野に視野を向けることも大切です。それは、臨床家が基礎医学の分野と共同研究をするといったようなレベルだけでなく、まったく関係なさそうな異分野、たとえば物理化学、工学、光学、動物学、古生物学などにも可能性を探る努力も必要かもしれません。

Avery先生は、2000年のアメリカ胸部疾患学会誌に掲載された簡単な回顧録の中でこう述べておられます。「I was fortunate to have been in the right place at the right time. My role was to build a bridge between clinicians concerned with infants and physiologists in pursuit of understanding lung mechanics.」(私はちょうどいい時期にちょうどいい場所にいることができて幸運でした。私の役目は、新生児医療に携わる臨床家たちと、呼吸生理を追及する生理学者たちの間に架け橋を築くことだったのです。)

大学に籍を置く新生児科医が研究をするのは、まさにこの架け橋にならんがためです。基礎研究がいくら進歩しても、実際に新生児医療の現場で困っていることは何か、それを知っているのは我々新生児科医だけです。医学研究は大規模な設備の整った研究施設だけに任せておけばいい、というわけにはいかないのです。RDSと肺胞表面張力を結びつけるというアイデアは、新生児科医であるAvery先生が考えついたことであって、基礎研究の分野から最初に出てきたのではありません。最先端の基礎研究の成果を新生児医療に生かすためには、我々新生児科医からの呼びかけが必要です。新生児医療に実際に携わる人たちの手で生み出された研究成果は、たとえ些細なものであっても、かけがえのない赤ちゃんたちの魂が込められているのです。

独創的な研究者は、最初は必ず少数派です。今でこそRDSの原因がサ−ファクタント欠乏であることを疑う人はいませんが、Avery先生が最初に提案したときには、まさに少数派でした。理解できなかった人の方が多かったはずです。研究者は少数派であることを恐れてはいけません。逆に、大勢に乗っかって流行を追うような研究からは、何物も生み出されることはないのです。

現代は何もかもスピードが重視され過ぎ、早急に結果を求める風潮が蔓延しています。地道な研究はますます敬遠され、世界的に見ても、我が国の学術論文数は凋落の一途をたどっています。物事を突き詰めて考え抜く機会が減っているような気がします。すぐに結果が出るような研究は、はっきり言って最初から結果が見えているわけで、極論すれば時間の無駄でしかありません。人生に一度くらい、一つの疾患に深く分け入ってとことん考え抜いてみるのも、回り道のように見えて、其の実、決してムダではないと思いますが、いかがでしょうか?

 

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